タイトルに記載の「理事らに対するいやがらせ行為等が区分所有法第6条の義務違反行為にあたるとされた最高裁の判決」については、有名な判決として紹介されていますのでご存知の方も多いと思います。
マンション管理センター通信2012年9月号でも、この事例を紹介した記事が掲載されていますし、マンション管理士の法定講習においても、判例研究の中で取り上げられていました。

実はこのマンションは、私が顧問として2006年からお世話になっているマンションです。
話題になった判決なので、いろいろな関係書籍、セミナー材料などでも取り上げられたほか、マンション管理士同士の会話の中でもよく話題として出てくる案件でした。
最高裁の判決が出て、差し戻しの高裁判決でも管理組合の主張が認められたわけですが、ここにたどり着くまでには紆余曲折がありました。

今までは守秘義務の関係もあり書けませんでしたが、判決が確定したことや理事長他関係者の了解も得られましたので、お話しできる範囲でご紹介したいと思います。
特に、判決文は判例集には掲載されていないものもありますし、普段はなかなかお目にすることもないと思いますので、個人名を特定する固有名詞を伏せてご紹介することにします。

事件の発端

私が顧問としてお世話になったのは2006年からです。問題の方は、昔からこのマンションに居住していらっしゃった方ですが、過去にはそれほどトラブルが多い人物ではなかったようです。2007年の総会前には輪番制の役員候補者として理事会で承認され、そのまま通常総会に諮ることになっていましたが、その直後から一方的に役員への就任を拒み、意味不明の発言をする等おかしな行動をとるようになりましたので、理事会は仕方なく別の候補者に差し替えて総会に諮ることにしました。
そして総会直後から、理事長や理事に対する「誹謗中傷」が始まり、事実無根の内容を記した書面を全戸に配布したり、私の事務所にも嫌がらせの電話を頻繁にかけてきたりしました。

迷惑行為の概要

この部分は、生々しいのであまり詳細には記載できませんが、おおむね以下のとおりです。

  • 荒唐無稽な話を作り上げ、管理事務所のコピー機を使ってビラを印刷したうえで全戸に投函したり、近隣の電柱に貼ったりする。
  • 私を含む外部関係者や工事関係者の事務所に意味不明の嫌がらせ電話をかけ、このマンションとの契約を辞退するように迫る。
  • 理事長に就任した女性の自宅に頻繁に威圧する電話をかけたり、玄関扉をたたいて大声を上げるなどの行為を繰り返す。女性の理事長は、この一件からこのマンションに住むことが嫌になり引っ越しをされました。
  • 当時の役員3名に暴力行為をはたらき、刑事事件として送検される。

たまりかねた管理組合が裁判に訴えたのは2009年ですから、実に3年近くもこのような行為が続いたことになります。

臨時総会決議による裁判の申し立て

区分所有法第57条の規定による差し止めを裁判で行うには、総会の普通決議が必要となります。また、この管理組合は団地型マンションでしたが、区分所有法では、第57条は団地には準用されませんので棟の総会を開催して決議することになりました。
たまたま当時の理事長も、問題の方も同じ棟に住んでいましたので、理事長が棟の他の区分所有者のために代表となって訴訟を行う決議をしました。

1審(地裁)及び2審(高裁)での判決内容

当初管理組合は、まさか負けるとは考えてもいませんでしたし、口頭弁論もさほど多くの時間はかかりませんでした。
地裁の判決は2010年2月25日、控訴審の判決は同年7月28日でしたが、ご存じのとおり管理組合の主張が認められない結果でした。
地裁と高裁の見解はいずれも同様で、被告が迷惑行為を繰り返していることが事実であったとしても、その行為は区分所有法第6条第1項で禁止されている「建物の保存に有害な行為、建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為」には当たらないというものでした。
そして、被告の行為をやめさせるのであれば、被害を受けている各々が、差し止め請求や損害賠償をすれば済むことであるという趣旨です。判決文を読んで愕然としました。
地裁と高裁の見解は同様なのでここでは地裁の判決文をご紹介します。
個人名は削除して加工しています。

最高裁判所への上告

管理組合も、訴訟代理人弁護士も、私も判決には到底納得できませんでした。
被告の迷惑行為の数々が、区分所有法第57条に規定する共同利益背反行為に当たるかどうかについては、慎重に判断するべきと思います。
しかし、1審と2審の裁判官がいわれているとおり、「迷惑行為を受けた個人がそれなりの対応をすればよい。」と言われてみても、そのような人物に対して個人レベルで対応できるのだろうかということです。
被害を受けている人たちが、管理組合の業務を執行する理事や、それを監督する監事でなければ個人レベルで対策を講じることになると思いますが、被告は一般の区分所有者に対しては何もいやがらせ等をしていません。いやがらせ行為のターゲットはあくまでも役員と、関係する外部の業者等です。つまり、、、

  • 理事会が機能しなくなり正常な管理・運営ができなくなる。
  • 妨害を受けた工事業者の工事等が予定通りに進まなくなる。
  • 誰も役員を引き受けてもらえなくなる。
  • 工事を請けてくれる業者がいなくなる。

以上の状態では、管理組合がマンションを適正に保存することができず、マンションの管理や使用にも大きな影響を及ぼすことは明白です。
どうしてこんな当たり前のことが裁判で認められないのだろうと思いました。もしかしたら裁判官は、マンション管理のことが全く理解できていないのか、それともマンションに住んだことがないのではないか等とも思いましたが、専門家の中には、「現在ある法律を厳格に適用したら判決のような結果になるのではないか。」という意見もありました。
棟総会の決議の際に、控訴と上告の判断については理事会一任をとっていたこともあり、判決に納得できない理事会は、検討した結果、最高裁判所に上告することに決めました。
弁護士さんが力を入れて書いてくださった「上告理由書」をご覧ください。
私たちの強い思いが伝わります。

最高裁判所の判決と差し戻された高裁の判決

最高裁判所の判決は、1・2審とは違いました。
上告してしばらくたって最高裁判所から、口頭弁論を開く旨の連絡がありましたので、弁護士さんからは、「最高裁で口頭弁論が開かれる場合は、原審の判決がひっくり返る場合が多い。」と説明を受けていましたので期待はしていました。
区分所有法第57条に関する部分の判決内容は、管理組合にとって満足できるものでした。(その他の請求は棄却されていますが、管理規約の解釈や損害賠償に関することであり、ここでは割愛します。)
最高裁判所の判決文をご紹介します。5名の裁判官の全員一致です。
私も含めて、マンション管理に携わるものであれば当然の判断と思っています。

2012年3月28日には、差し戻された高等裁判所で判決が出ました。差戻高裁の判決文を見ていただければお分かりになると思いますが、内容は管理組合の主張を認める内容です。
差し戻し審では、管理組合が証拠としてい提出した被告のいやがらせ行為をすべて調査したうえで、被告のこうした行為は、区分所有法第6条第1項で禁止されている行為に該当すると判断してくれました。

まとめ

差し戻し審の判決が出た後は、被告が争わなかったのでこの判決は確定しています。
また、被告は、現在は引っ越していますので、この事件はずいぶん時間がかかりましたが解決しました。
最終的には裁判でも管理組合の主張が認められ、事件そのものは解決することになりましたが、冷静になってから考えてみると、そもそもなぜこんな事件が起こったのだろうと思います。
被告の方は、以前は多少問題はあったものの、トラブルメーカーではなかったと聞いていますし、たまたま就任した女性理事長に対して突然いやがらせ行為を連発したことなどを見ても、特定の人に対する私怨があるわけでもないようでした。
またこの方はご高齢の方ですが、人生の終わりに近くなってから、前科がつくような暴力事件を重ねていることも理解できません。
個人的には、高齢者特有の症状が影響しているのかなとも思いましたが、本当のところは分からず、不可思議な事件でした。
裁判という解決方法しかなかったのかなと思うこともありますが、問題発生当初から、理事会側と話し合う様子は全くなく、常軌を逸した行動がエスカレートするだけでしたので、ほかの解決方法はなかったと思います。また、自分も実際に被害を受けているときもありましたので、その時は何とかやめてもらいたいという気持ちが強く、積極的に裁判のお手伝いをしましたが、裁判が終わって1年以上たった今では、あの方は元気でいるのかなとふと考えてしまいます。

投稿者プロフィール

重松 秀士
重松 秀士重松マンション管理士事務所 所長
プロナーズ理事(開発担当・監査人兼務)
マンション管理士、管理業務主任者、宅地建物取引主任者、ファイナンシャルプランナー、再開発プランナー、二級建築士、二級建築施工管理技士、建築設備検査資格者、甲種防火管理者、甲種危険物取扱者。
大手タイヤメーカー勤務を経て、平成15年2月マンション管理士として独立。財団法人マンション管理センターで嘱託社員として「マンションみらいネット」の立ち上げや「標準管理規約」第22条に対応する「開口部細則」の制定に従事。現在は約40件の管理組合と顧問契約を結びながら継続的な管理組合運営のサポートを行いつつ、大規模修繕工事や給排水管更新工事、管理コストの削減、管理費等の滞納、管理規約の改正等の個別コンサルティングを実施している。